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高齢者の糖尿病について〜高齢者糖尿病とは70~80代以上? 特徴や治療、合併症・併存症について解説

高齢化が進む日本社会。高齢の糖尿病患者も増えています。2019年の「国民健康・栄養調査」によると、糖尿病が疑われる者は年齢の上昇とともに増加傾向です[1]。高齢者人口の増加により、今後も高齢者糖尿病患者は増加するとの予想もあります[2]。

では、何歳からが「高齢者糖尿病患者」と言われるのでしょうか。

一般的には65歳以上を高齢者と定義することが多いです。例えば、高齢化率の計算も65歳以上で計算されています[3]。

しかし、現代では65歳をすぎてもまだまだ元気に活動されている方も多く、高齢者という言葉を見直す動きもあるのです。日本老年学会・日本老年医学会では75歳以上を新たな高齢者とすることを提言しています[4]。これは、75歳以上で介護が必要な高齢者に特有の様々な症状が認められやすいことや、以前に比べて高齢者の身体機能が若返っていることが反映されているのです。

このような新しい動きはあるものの、現時点では65歳以上の糖尿病患者が「高齢者糖尿病」と定義されています[2]。しかしながら、75歳以上と、65〜74歳で身体あるいは認知機能低下がある糖尿病患者は、治療や介護上、特に注意すべき「高齢者糖尿病」ともされているのです[2]。

本記事では、従来の定義に従って、65歳以上の糖尿病の方を高齢者糖尿病としています。

記事監修

名倉 義人 医師

○経歴
・平成21年
名古屋市立大学医学部卒業後、研修先の春日井市民病院で救急医療に従事
・平成23年
東京女子医科大学病院 救急救命センターにて4年間勤務し専門医を取得
・平成27年
東戸塚記念病院で整形外科として勤務
・令和元年
新宿ホームクリニック開院

○資格
救急科専門医

○所属
日本救急医学会
日本整形外科学会

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高齢者の糖尿病の特徴は?

高齢者の糖尿病と一口に言っても、背景も症状も個人差が大きいです。しかし、一般的には下記のような特徴が認められるとされています[2]。

・食後に血糖値が上がりやすい

インスリンの分泌が落ちていること、インスリンが効きにくくなっていること、活動量が減っていること、消化管の能力も落ちていることなどが影響しています。

・低血糖を起こしやすい

肝臓や腎臓の機能の衰えにより薬が代謝されにくく、効果が過剰になってしまうのです。併存症が多いと、お薬が多く相互作用が起こりやすいことも影響しています。筋肉量が減っており、筋中に蓄えられている糖のもとであるグリコーゲンも少ないです。

・低血糖症状がわかりにくい

高齢者では自律神経の働きが落ちています。一般的な低血糖による自律神経症状である冷や汗、手の震え、冷や汗などの症状も明確でないことが多いです。

・動脈硬化性の病気が起こりやすい

脳梗塞や虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)などの、動脈硬化による病気が起こりやすくなります。その上、症状がはっきりしないことも多く、気がついたら進行した状態だったということもあるのです。

高齢者が糖尿病になる原因は?

糖尿病は、血糖値が高くなり過ぎてしまうことはご存知でしょう。「インスリン」という血糖値を下げるホルモンが不足している、あるいは効果が落ちていることが血糖値が上がる理由です。

年齢とともに、インスリンを分泌する能力は落ちてきます。膵臓にあるβ細胞というインスリンを出す細胞も、老化をしていくのです。

また、加齢とともに筋肉が減り、内臓脂肪が増え、さらに活動量は減ってきます。こうなると、インスリンが分泌されても効きにくくなってしまうのです。インスリンの作用がきちんと発揮できていない状態を「インスリン抵抗性」があるといいます。

このような分泌不足あるいはインスリン抵抗性の増大が高齢者糖尿病の主な原因です[2]。加齢はそれだけで高血糖を起こす要因になるため、高齢者は若い人よりも糖尿病になりやすいのです。

高齢者の糖尿病の症状は?

一般に、高齢者糖尿病の患者さんは血糖値が上がっても症状が出現しにくいと言われています[2]。高血糖症状として、口が渇き、飲水量が増えて多尿になりますが、この症状がわかりにくいのです。このため、脱水を起こしやすくなります。

高齢者糖尿病があると寿命に影響するの?

高齢者糖尿病では、糖尿病がない高齢者と比べて死亡リスクは高いと言われています[2]。特に、糖尿病の罹病期間が長い方、若い年齢で発症した方の死亡リスクが高いです。

死亡に繋がりやすい危険因子も様々な報告がされています。中でも、認知症や日常生活動作(ADL)の低下といった、生活機能の衰えが死亡リスクと反映していることが示されているのです。

高齢者糖尿病の治療方針について

一番重要な目標は、糖尿病のない方と同様の生活を送ることができること、そして生命予後を悪化させないことです[5]。そのため必要なのは、厳しすぎる血糖コントロールを徹底することではありません。合併症を最小限に抑えつつ、薬の副作用やひどい低血糖・高血糖などを起こさないように治療を調整していくことが必要です。

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高齢者糖尿病の血糖コントロール目標、HbA1cはどのくらいを目指す?

2016年、日本糖尿病学会と日本老年医学会合同委員会は高齢者糖尿病の血糖コントロール目標を定めました(表1)。患者さんは、特徴・健康状態(認知機能、日常生活動作(ADL)の自立度、併存疾患や機能障害)により3つのカテゴリーに分けられます。さらに重症低血糖を起こす薬剤を使っているかどうかで、血糖コントロールの目標を決めるというものです。血糖コントロールの指標は1〜2ヶ月の血糖値を表す「HbA1c」という検査値を使用します。特に低血糖を起こしやすい薬剤を使用しているときは、それぞれのカテゴリーでHbA1cの下限値が決まっています。要するに、低血糖になりすぎないようにコントロールをするようにということも考えなければいけないのです。

実際には、生活の環境や心理状態、経済状態、本人や家族の意向なども踏まえて、個々人の目標を定めていきます。

患者の特徴・健康状態カテゴリーⅠカテゴリーⅡカテゴリーⅢ
①認知機能正常かつ②ADL自立①軽度認知障害〜軽度認知症または②手段的ADL※1低下、基本的ADL※2自立①中等度以上の認知症または②基本的ADL低下または③多くの併存疾患や機能障害
重症低血糖が危惧される薬剤(インスリン製剤、SU薬、グリニド薬など)の使用なし7.0%未満7.0%未満8.0%未満
あり65歳以上75歳未満
7.5%未満(下限6.5%)
75歳以上
8.0%未満(下限7.0%)
8.0%未満(下限7.0%)8.5%未満(下限7.5%)

(表1)参考文献[6]より作成

※1 手段的ADL:買い物、食事の準備、服薬管理、金銭管理などより応用的で複雑な動作

※2 基本的ADL:着衣、移動、入浴、トイレの使用、食事などの日常生活の基本となる動作

高齢者糖尿病患者の体重管理はどうすればいい?

まずは目標体重を把握しましょう。糖尿病診療ガイドライン2019では総死亡が最も低いBMIを元に「目標体重」が定められています[7]。これは年齢により異なり、65歳以上では次の式で計算される体重です。

目標体重=身長[m]×身長[m]×22〜25

ただし、特に75歳をすぎると、背が縮んでいたり、筋肉が落ちていたり、思うように食事が取れなかったりなどの影響で、この数値を現実的な目標にしがたいこともあります。このような個々の事情を勘案して、段階的に目標を決めるなど、柔軟に対応していくことが必要です。

高齢者糖尿病の食事療法について

高齢者糖尿病患者の食事療法は、高齢者でない方と同様に有効と考えられています。適切な量のエネルギーを摂り、バランスの取れた食事が推奨されているのです[7,8]。

どのくらいの量のエネルギーを取れば良いかは、前述した「目標体重」に活動量を考えた「エネルギー係数」をかけることで設定できます。

・ほとんどを座って過ごす場合;目標体重×25〜30kcal

・通勤や家事、軽い運動などをする場合:目標体重×30〜35kcal

・力仕事や活発な運動を習慣的にしている場合:目標体重×35〜kcal

ただし、こちらも状況に応じて調整をしていく必要があります。

高齢者糖尿病患者は、お酒を飲んでいいの?

肝臓などの理由でお酒を止められているのでなければ、適量の飲酒は問題ありません。25gまでなら、アルコールはむしろ合併症を減らす可能性も示唆されています[7]。これはビールなら500mL、日本酒なら1合程度です。

高齢者糖尿病の運動療法について

高齢者であっても、運動療法は重要です[9]。血糖値を下げ、他の生活習慣病も改善してくれます。

運動療法には下記のような種類があります。一つではなく、組み合わせて行うことが重要です。

・有酸素運動 

高齢者の場合は、中等度程度の強度が勧められます。きつくない〜少しきつい程度の運動を週3〜7回程度行うことが推奨されています。

・レジスタンス運動 

おもりや負荷に対して動作をする、筋力トレーニングです。高齢者では筋力が落ちやすいため有効とされています。10種類くらいまでの運動を、10〜15回行える程度の負荷で1〜3セット行うのが目標です。これを週2〜3日程度取り入れます。

・バランス運動

バランス能力を身につける運動も大切です。他の運動と一緒に行うと、機能の維持・向上や転ぶのを防ぐのに役にたつと言われています。

・ストレッチング

年齢が高くなると、柔軟性が落ちてきます。ストレッチを行い、柔軟性を高めることは運動に伴う事故予防に有用とされています。

運動の時間が取れればそれが一番でしょう。しかし、運動時間を設定できない方もいます。そのような場合でも、日常生活の中で歩く量を増やすなどして、エネルギーを消費できる機会を作っていくことが大切です。

高齢者糖尿病の薬物療法について

食事療法や運動療法などの生活習慣を改善しても血糖コントロールがうまくいかない場合は、お薬による治療の対象となります。糖尿病では様々な飲み薬やインスリンなどの注射薬が用いられています。高齢者では肝臓や腎臓など、薬の代謝を行う機能が落ちていることが多いです。そのため、低血糖をはじめとした副作用が起こりやすくなっており、より慎重に治療を考えていく必要があります。

特に高齢者で注意するべき薬剤は下記です[10]。

・インスリン製剤

皮下注射で不足するインスリンを補います。低血糖を起こしやすいお薬です。自己注射であり、認知症の合併が多い高齢者ではうまく使用できない場合もあります。

・スルホニル尿素薬

SU薬とも呼ばれます。膵臓からのインスリン分泌を促す内服薬です。低血糖のリスクが高いとされています。

・ビグアナイド薬

若い方には比較的よく使われる内服薬ですが、こちらも低血糖を起こしやすいです。さらに乳酸アシドーシスという代謝異常により血液が産生に傾いてしまう副作用も懸念され、高齢者では禁忌あるいは慎重投与とされています。

・チアゾリジン薬

インスリン抵抗性を改善する内服薬です。骨粗鬆症や心不全のリスクがあるとされています。

これらは一部を除くと高齢者でも絶対禁忌ではありませんが、使用時は慎重になる必要のあるものです。

また、高齢者では合併症や併存症が多いため、薬が多くなりがちです。多数の薬を飲んでいると、飲み忘れが生じたり、相互作用などで低血糖が起こりやすくなったりします。5種類以上の薬を使用していると、転倒をしやすいという報告もあります[11]。

高齢者糖尿病の主な合併症について

糖尿病の合併症はご存知でしょうか。「し・め・じ」「え・の・き」という覚え方があります。それぞれ、小さな血管の病気である「神経病変」「網膜症(目)」「腎症」と、大きな血管が障害される「壊疽」「脳梗塞」「虚血性心疾患」を指す言葉です。高齢者糖尿病におけるこれらの合併症について見ていきましょう。

高齢者糖尿病と微小血管障害

血糖値が高い状態が長く続くと、小さな血管の異常(微小血管障害)が起こります。

末梢神経を栄養する血管が傷つくと、手足が痺れたり、自律神経障害をきたしたりするのです。高齢者糖尿病で神経障害が起こると、自律神経障害のために低血糖などの症状に気が付きにくくなったり、筋力低下を起こして転倒しやすくなったりするリスクがあります[12]。

目の網膜の血管も詰まったり破れやすくなったりして、眼底に出血を起こすことがあります。網膜症は場合によっては失明につながる恐ろしいものです。高齢者でも血糖値が高いと、若い人と同様に網膜症の発症や増悪の危険性があると言われています[12]。なかなか自分では症状が分かりにくいため、定期的な眼科診察が必要です。

さらに、腎臓も小さな血管がたくさん張り巡らされている臓器です。高血糖により、この血管が傷つき、本来の血液を濾過するという役割が徐々にできなくなります。人工透析を行っている人のおよそ4割は糖尿病性腎症によるもので、透析となった原因として最も多いのです[13]。一般に腎機能は「クレアチニン」という血液検査で判断します。このクレアチニンは筋肉量が少ないと数値が低めに出てしまいます。筋肉が落ちている高齢者では、実際よりも腎機能をよく評価してしまう可能性があるのです[12]。

高齢者糖尿病と大血管症

「しめじ」よりも大きな血管がダメージを受けると起こるのが大血管症です。

壊疽とは、主に足の末梢動脈が狭くなったり詰まったりして、小さな傷が治らずに壊死してしまうことを指します。特に経過の長い糖尿病の方は、末梢神経障害が重なっており、傷ができても痛みを感じずに悪化しやすいのです[12]。場合によっては壊死した部分を切断しなければならなくなり、日常生活に大きな影響を与えます。

脳梗塞や虚血性心疾患は、命にかかわりかねない病気です。高齢者糖尿病の場合は、症状が分かりにくかったり、非典型的だったりして気が付きにくいのが特徴です[12]。

脳梗塞を起こすと、麻痺や様々な機能障害を起こします。また、小さな脳梗塞を繰り返し、徐々に認知症の症状が進んでいく「まだら痴呆」に至ることもあるのです。

虚血性心疾患、つまり狭心症や心筋梗塞も、高齢者糖尿病では症状がはっきりしないことがあります。気がついた時にはすでに病変が進行していることも多く、心不全や不整脈のもとになりえます。

高齢者糖尿病の合併症は早期発見が重要

これらの合併症は、いずれも早いうちに自分で気がつくことはほとんどできません。適切な治療を受けるとともに、定期的なスクリーニング検査が必要になります。早期に見つかれば、治療で改善したり、進行を抑えることができます。

高齢者糖尿病と高血圧・脂質異常症の関係について

高血圧や脂質異常症は糖尿病と同じく「生活習慣病」とされています。いくつかが一緒に合併していることも多く、いずれも動脈硬化を進め、脳梗塞や心筋梗塞などの恐ろしい病気の原因となるものです。高齢者糖尿病患者さんでも、血圧やコレステロールなどをしっかりコントロールすることは、大血管症を防ぐ意味で重要とされています。

高齢者糖尿病と高血圧 降圧目標はどのくらい?

高齢であっても、可能であれば、糖尿病患者さんの場合はしっかりと血圧を下げたほうが良いと考えられています。糖尿病がある人の降圧目標は診察室血圧で130/80 mmHg未満です[14]。高齢者の場合は、まずは140 mmHg未満を目標とします。目標達成後に状況に応じて可能であれば130/80 mmHg未満を次の目標にするかどうかを考えていきます。ただし、血圧治療の強化によりお薬が増えたり、血圧が目標を超えて下がりすぎたりするリスクもあるため、個々人に応じて考えなければいけません。

高齢者糖尿病と脂質異常症 スタチンの効果は?

心筋梗塞や脳梗塞などの合併のない糖尿病患者さんの場合、悪玉コレステロール(LDLコレステロール)の管理目標は100〜120 mg/dL未満の範囲内で設定されています[15]。高齢者であっても、75歳未満はこの管理方針の対象になります。75歳以上ではどこを目標とするかははっきりと決まったものはありません。個々の状況に応じて検討していくことになるのです。

なお、心筋梗塞・脳梗塞などをされている糖尿病患者さんの場合は、目標値はさらに厳しく、70 mg/dL未満とされています。75歳以上の目標値はやはり設定されていません。しかし、再発予防にスタチンという強力にコレステロールを下げるお薬は有用ではないかと考えられています。

高齢者糖尿病と「老年症候群」

高齢者糖尿病では「老年症候群」をきたしやすいとされています[16]。老年症候群とは治療や介護が必要となるような高齢者に多い症状などを指す言葉です。認知機能障害やサルコペニア、フレイル、転倒と骨折、うつ状態、低栄養、日常生活動作の低下、低栄養、排尿障害などが該当します。老年症候群は生活の質を下げて介護度を上げ、死亡のリスクにもなると報告されているのです。ここでは代表的なものを取り上げます。

高齢者糖尿病と認知症について

高齢者糖尿病は、様々な研究において認知機能低下や認知症発症の危険因子になると言われています[16]。特に、血糖値が高いことが認知症のリスクを高める可能性が報告されているのです。

その一方で、重篤な低血糖も認知症と関連があるとも考えられています。重症低血糖を起こしたことがある患者さんは認知症を起こすリスクが1.68倍高くなるという研究結果があります。そして、認知症がある方は重症な低血糖の危険性が1.61倍高くなるとも報告されているのです[17]。認知症と低血糖は互いが互いの原因になり、悪循環になる可能性があります。

認知症があると、内服や注射薬の管理・使用が難しくなるかもしれません。意欲低下から活動量が落ちる方もいます。治療や介護にもより一層注意が必要になるのです。

高齢者糖尿病とフレイルやサルコペニアについて

フレイルとは、介護までは必要ないものの、健康ではなく心身ともに虚弱な状態を指します[18]。糖尿病はフレイル発症のリスクです。血糖値が高すぎても低すぎてもフレイルの発症リスクが高くなるということがわかっています[16]。

サルコペニアは加齢によって、筋肉の量が少なくなり、筋力が落ちていることを指します[19]。サルコペニアも糖尿病があると、より頻度が高くなると言われているのです[16]。

フレイル・サルコペニアの予防のためには、十分な量のタンパク質を摂取し、適切な運動を心がけることにあります。

高齢者糖尿病と骨粗鬆症や転倒による骨折について

糖尿病があること自体が、骨粗鬆症や骨折のリスクに影響すると考えられています[16]。また、高齢糖尿病患者では上述のサルコペニアやフレイルがある方が多いです。筋力低下による転倒を起こしやすい状態と考えられます。高齢者糖尿病の高血糖・低血糖のいずれもが転倒の危険因子です。

糖尿病の方のカルシウムの摂取不足は、骨密度の低下と関連することがわかっています[8]。一度骨折してしまうと、しばらく寝たきりになり、さらに体力が落ちてしまいます。骨折を防ぐために、適度な運動を行うとともに、積極的なカルシウム摂取が重要です。

高齢者糖尿病で重要なシックデイ対策とは何か

シックデイとは、発熱・嘔吐・下痢・食欲低下などを伴う急病をしたり、大きな怪我をしたりした時のことを指します。このような体や心に強い負荷がかかった状態では、血糖値をあげるストレスホルモンが多く分泌されるのです。その結果、血糖コントロールが悪化しやすくなります。逆に、食事が入らなかったり、消化器の症状があると低血糖も起こしやすくなります。つまり、重症の高血糖・低血糖のいずれも起こる可能性があるのです[20]。

シックデイには水分と、炭水化物を含む食事をしっかり摂る必要があります。内服薬は低血糖をきたすリスクがあるため、多くのケースでは減らしたりお休みしたりします。インスリン注射も基本的には中止です。ただし、必要な基礎インスリン量は残すケースもあります。いずれも、自己判断せず、あらかじめしっかりと主治医と相談しておくことが大切です。

高齢者糖尿病患者さんは高血糖・低血糖の自覚症状がわかりにくく、容易に重症化します。可能であれば、シックデイの際は自己血糖測定を頻回に行い、血糖値を確認しましょう。ご本人ができなければ介護者でも構いません。

認知症を伴うと、シックデイの対応をする判断がうまくできないリスクもあります。本人のみならず、家族など周りの人も一緒に把握しておくことが重要です。

なお、下記の場合は早急に医療機関への受診が必要です[7]。

シックデイ対策をしないとどうなる?重症の高血糖・低血糖で起こることは?

普段インスリンが必要ないような方が、シックデイなどをきっかけに、急激な高血糖を起こしてしまうことがあります。血糖値が上がると、尿にも糖が出ていき、それに引っ張られて尿量が増えるのです。本来はここで口渇の症状が出るため、水分摂取を多く行います。

ところが、高齢者は自分でうまく動けず、水分を取れなかったり、口渇の症状そのものがはっきり出なかったりすることがあります。結果、ひどい脱水を起こしてしまうのです。脳細胞も脱水状態になり、意識障害をきたします。「高血糖高浸透圧症候群」と呼ばれる病態です。多くの場合、血糖値は600mg/dLを超える高度の高血糖を認めます。死亡率が16%を超える、非常に危ない状態です。脱水をカバーするためにしっかり点滴を行いながら、持続的にインスリンを投与して血糖値を低下させる必要があります[7]。

一方で、低血糖も重症化すると危険です。一般的には低血糖が起こると、冷や汗や動悸、手の震えなどが起こります。しかし、高齢者ではその症状が弱かったり、はっきりしなかったりすることが多いのです。また、高齢者の低血糖では頭のくらくら、ふらふら、めまいや脱力感などの症状が出る人が多いです。このような症状は神経糖欠乏症状と呼ばれますが、非典型的で低血糖だと気づかれないことも多くあります[20]。

さらに低血糖が進むと、集中力低下や不安や抑うつ、不機嫌になったり攻撃的になったりすることもあります。認知症やせん妄などとも紛らわしいので留意が必要です。

血糖値が30mg/dL程度になると、大脳の機能低下が進行し、痙攣を起こしたり意識を失ったりし、場合によっては命に関わることもあります[7]。

Q&A

高齢者の糖尿病の特徴は?

個人差が大きいのですが、下記のようなものが挙げられます。

高齢者の糖尿病のリスクは?発症しないために気をつけることは?

糖尿病は、自己免疫疾患である1型糖尿病と、生活習慣病としての2型糖尿病があります。このうち、高齢者で起こりやすいのは2型糖尿病です。2型糖尿病は遺伝的な要因に加え、様々な環境要因が重なって起こると考えられています。

下記は糖尿病の発症リスクとして知られる代表的なものです。

高齢者糖尿病の発症予防のためには、食事・運動習慣の是正により体重を減らすことが必要です。

禁煙は一時的には体重を増やしますが、長い目で見ると糖尿病のリスクを下げると言われています。

睡眠時間は7.0〜7.5時間が最も発症リスクが低いと報告されています。

高齢者の糖尿病の原因は何ですか?

様々なことが原因になりますが、主なものは下記です。

高齢者の糖尿病の自覚症状は?

高齢者の場合、高血糖状態になっても自覚症状が出にくいのです。

糖尿病初期は多くの場合は口渇や多飲が現れるとされます。血糖値が上がると、本来尿に出ないはずの糖が出ていきます。糖を含む尿は浸透圧が高くなり、本来よりも多くの水が尿として出ていくことになるのです。そのため、喉が渇き、多くの水を飲むようになります。

ところが、高齢者ではこのような症状がはっきりとしないことが多く、結果として重症の脱水をきたすことが多いです。

高齢者が高血糖をきたすとどうなる?

高齢者は高血糖が起こっても、自覚症状が若い人ほどはっきりしないことが多いです。極端な高血糖の場合、尿からどんどん水分が出ていき、脱水を起こしやすくなります。脳細胞が脱水状態になると、意識障害が起こり、状況次第では命にも関わるのです。

高齢者糖尿病患者はどのような支援を受けることができますか?

高齢の糖尿病患者は食事管理、服薬や注射の管理など多くの支援が必要になります。高齢者が住み慣れた地域で生活を続けるために様々な支援をまとめて行うシステムを「地域包括ケアシステム」と言います。地域によっても使用可能なサービスは異なるため、まずは地域包括支援センターと相談すると良いでしょう。

まとめ

高齢者であっても、糖尿病の治療の基本は、食事や運動習慣を正すこと、適切な薬剤をきちんと使うことに変わりはありません。血糖コントロール目標をしっかり把握し、無理のない範囲で取り組んでいくことが重要です。

合併症・併発症も増えてきます。早期発見できるものはしっかりとスクリーニング検査を受けることが大切です。

併せて、シックデイの対策については主治医ときちんと話し合っておきましょう。

参考文献

[1]厚生労働省 令和元年国民健康・栄養調査報告.

[2]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅰ. 高齢者糖尿病の背景・特徴.

[3]内閣府. 令和5年版高齢社会白書.

[4]日本老年学会, 日本老年医学会. 高齢者に関する定義検討ワーキンググループ 報告書.

[5]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. IV. 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標・治療方針.

[6]日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標について. http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?content_id=66 (2023年7月19日閲覧)

[7]日本糖尿病学会. 糖尿病診療ガイドライン2019.

[8]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅶ. 高齢者糖尿病の食事療法.

[9]​​日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅷ. 高齢者糖尿病の運動療法.

[10]日本老年医学会, 日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物療法の安全性に関する研究研究班.  高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015.

[11]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅸ. 高齢者糖尿病の経口血糖降下薬治療.

[12]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅳ. 高齢者糖尿病の合併症.

[13]花房規男, 他. 日本透析医学会雑誌. 55(12) : 665-723, 2022.

[14]日本高血圧学会. 高血圧治療ガイドライン2019.

[15]日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版.

[16]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅴ. 高齢者糖尿病の併存疾患.

[17]Mattishent K, Loke YK. Diabetes Obes Metab. 18(2):135-41, 2016.

[18]公益社団法人 東京都医師会. フレイル予防. https://www.tokyo.med.or.jp/citizen/frailty (2023年7月20日閲覧)

[19]公益社団法人 長寿科学振興財団. 健康長寿ネット サルコペニアとは. https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/frailty/sarcopenia-about.html (2023年7月20日閲覧)

[20]日本老年医学会, 日本糖尿病学会. 高齢者糖尿病診療ガイドライン2023. Ⅺ. 低血糖およびシックデイ対策.