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2024.12.10

[メディア]「病院経営における生成AIソリューションとの向き合い方」弊社代表 水野の寄稿記事が掲載されました

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※本記事は「病院経営羅針盤」10月15日発行号に掲載された内容を転載しております。記事の転載については、発行元である産労総合研究所 様からのご許可をいただいております。厚く御礼申し上げます。

病院経営における生成AIソリューションとの向き合い方


 生成AIブームの火付け役となった最初のChatGPTが2022年末にリリースされてから約2年が経った今日も、引き続き生成AIに関する新製品のニュースはとどまるところを知りません。本稿では医療界の課題解決に貢献しうる生成AIの可能性について触れつつ、病院経営に係る方々がこれらのトレンドに長期的にどのように向き合うべきかについてお示しができればと思っております。

ファストドクター株式会社 代表取締役 水野 敬志

はじめに


この原稿を執筆している2024年9月10日においては、iPhone16にApple Intelligenceが搭載されることが発表され、ついに生成AI製品が万人に身近な存在に近づきつつあることを示しています。特に米国では生成AIの登場によって、実際にこれまでのエンジニアやデザイナーの求人数がマクロ的に減少するまでのインパクトをもたらしています。オンライン広告業界のようなテクノロジーの最先端を常に行く業界では、生成AIを活用できるかどうかは企業経営における死活問題とまでなってきているのです。

  一方で病院経営に携わる読者の皆さんにとって、生成AIとの向き合い方はまだまだ距離がある状態が続くと思われます。おそらく、スタートアップ企業を中心とした各種ベンダーが生成AIを搭載した製品の提案を聞く機会が増えつつあるものの、まだそれらを本格的に導入したり、ましてその導入による効果を実感できたりする事例は極めて限定的でしょう。

これまでのAIブームとの違い


 現時点での医療界にとって最も成功したAIの活用は、画像診断支援です。American College of Radiology(ACR:米国放射線専門医会)の調査によると、2020年時点で米国の放射線科医の33.5%が日常的にAIを活用していると回答するまでに普及しています。特に乳がんの読影においては45.7%が病巣検出に利用しています。

 手術室の稼働率は病院経営にとってベッドコントロールと並んで非常に重要な指標となりますが、多くのスタッフや資材の複雑なスケジューリングが必要となるため、従来はその稼働率を高めることは困難でした。そんな中、米国LeanTaaS社が提供する手術室の稼働率と効率性を最適化するためのAIソリューション「iQueue for Operating Rooms」は560病院の約5,600の手術室に導入され、実際に手術件数を平均6%増加させることに成功しています。このように過去のAIブーム(特にディープラーニングを活用したAIブーム)においては、明確な正解や最適化すべき指標があり、その正解データが構造化されて蓄積しているような特定領域においては着実に普及してきました。

 一方で、LLM(大規模言語モデル)に基づく現在の生成AIは、ディープラーニングとは異なり、明確な正解が存在しない自由形式のタスクや、過去カルテなど「長大だが少量で構造化されていない」データセットに対して力を発揮します。LLMは、人間の言語を理解し、生成する能力に優れています。例えば、医療における文書作成の自動化や患者との対話支援、研究論文の解析などに活用され始めています(図1)。

 ディープラーニングが特定の領域での精度向上に寄与しているのに対し、LLMは医療情報の処理や活用方法の幅を広げているのです。

図1

具体的な生成AIのポテンシャル


 生成AIのポテンシャルを示す具体的な事例をいくつか紹介したいと思います。

 1つ目は医療文書の作成能力です。例えば電子カルテの音声入力は医師にとっての長年の願いですが、これだけ音声認識技術が発展した現在においても普及していません。これは電子カルテの三原則の1つに「見読性」が要求されるため、単なる話し言葉を正確に文字おこしをしただけではカルテとして成立しないためです。
 一方で、ChatGPTをはじめとする生成AIは、構造化されていない自然言語をSOAP形式に整理したり、診療情報提供書としてまとめることは最も得意とする領域です。病院経営に係る方々にとって最初に生成AIの導入意思決定の機会が生じるのはこの領域になるでしょう。最大手の電子カルテベンダーである富士通も、問診情報からカルテの下書きを作成する機能や、医療文書の下書き作成機能の積極的な開発を行っています(図2)。

図2 出典:TECHABLE「GPT4搭載の AI 電子カルテ「CalqKarte」、事務作業に追われる医療現場の手助け に」https://techable.jp/archives/205776(2024年 9 月27日閲覧)

 2つ目は鑑別能力です。米国のマサチューセッツ州のベス・イスラエル・ディーコネス医療センター(BIDMC)の研究者たちは、ChatGPTなどの生成AIが臨床医の複雑な診断支援ツールとして有用であることをJAMA(Journal of the American Medical Association:米国医師会発行誌)に報告しました。
 研究チームは、関連する臨床データ、血液検査データ、画像検査、病理組織所見を含む、診断が複雑で難しい一連の症例70例を評価し、GPT-4が39%の症例で最終診断と完全に一致し、64%の症例では鑑別リストに正しい診断が含まれていたと報告しています(Zahir Kanjee, et al. 2023)。

 このように生成AIは専門家の代わりとはならないものの、診断における人間の補助として有望です(図3)。

図3

 3つ目は患者とのコミュニケーション能力です。AIの回答には「正しいけれど、人間味がない」というイメージをお持ちではないでしょうか? しかしChatGPTは、実際の医師よりも人間味があるという結果が示されています。米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のJohn Ayers氏らがJAMAに報告した内容によると、195種類の医学的質問に対する医師とChatGPTの回答を匿名で医療専門家チームが比較した結果、78.6%でChatGPTの回答の方が正確で質が高いと評価されました(図4)。

 特に共感力に関しては、ChatGPTは45.1%が「共感的」と評価され、医師の4.6%を10倍近く上回りました(Ayers et al, 2023)。

図4 
参照:Ayers JW, Leas EC, Dredze M, et al.
Comparing Physician and Artificial Intelligence Chatbot Responses to Patient
Questions Posted to a Public Social Media Forum. JAMA Internal Medicine. 2023;

 生成AIは、医療文書作成、診断支援、患者とのコミュニケーションの各分野で多大な可能性を秘めています。これらの事例から分かるように、生成AIは単なる技術的な進歩を超え、医療現場において実用的かつ効果的に利用できるツールへと進化しています。

 したがって、病院経営にかかわる皆さまは、この技術の適用可能性を見極め、「医療業務の効率化や質の向上にどう生かすか」を検討することが必要です。それでは、どのようにこれを組織に適応させるべきでしょうか?

経営者としての生成AIへの向き合い方


 筆者自身も、外資系戦略コンサルティングファームで多くの業界の経営者向けのIT投資のコンサルティングを経験してきました。そのささやかな経験に照らし合わせると「病院経営者が生成AIのブームにどう向き合うべきか」という問いは、特にブームに踊らされることなく、一般的なレガシー産業におけるIT投資アプローチと同様のスタンスを取ればよいのではないかと考えています。
 生成AIも他のIT技術と変わらず、経営における影響力を発揮するには、トップダウンの意思決定が欠かせません。ITが自然発生的に、ボトムアップで大きな影響を及ぼすことは稀です。したがって、経営者自身が生成AIについて精通し、理解するか、または多額の投資を任せられるほど信頼できる専門家を採用することが重要です。

 加えて、ITシステムの迅速な陳腐化にも目を向けなければなりません。たとえば、電子カルテシステムを刷新したとしても、2年後には完全音声入力が可能な新しいシステムが登場するかもしれません。このように技術の進化が速い中で、常に最新の技術を導入するには膨大な資金が必要になり、そうした投資は必ずしも効果的とは限りません。

 歴史的に見ても、最初に大きな投資を行った企業が成功する確率は低く、費用対効果が悪いことが多い傾向があります。よって、最初の導入事例を観察し、彼らの失敗や成功から学び、確実に効果が出ると判断できる段階で追随することが賢明です。この「2番手」戦略を取ることで、適度なリスクを負いながらもメリットを享受できます。

 さらに、生成AIのような新興技術を取り入れる際には、まず小さく試行錯誤することが大切です。
 1人の担当者でよいので、常に新しい技術や手法に挑戦させ、その過程を経営レベルで追認する体制を整えることが、いざというときに大きな利益を享受するための秘訣です。

今後、生成AIに関して多くの「幻滅」に関する報道も増えてくると思います。しかし、これは新技術が市場に登場し普及するまでに起こる5つのフェーズを指す「ハイプ・サイクル」の過程であり、これから生成AIは「過度な期待のピーク期」から「幻滅期」へと移行してくため、そういった短期的なトレンドに惑わされることなく普及に向けた準備を着実に進める必要があります(図5)。

図5 出典:ガートナー「生成AIのハイプ・サイクル:2023年」

 最後に、生成AIの導入を進める際は、患者データのプライバシーや法令遵守も重要な要素であることを忘れてはいけません。しっかりとしたコンプライアンス体制を構築し、安全かつ倫理的な取り組みを推進することが求められます。

 このように、生成AIのブームに対する対応としては、戦略的な意思決定、有限リソースの賢明な投資、リスクとリターンのバランス調整が不可欠です。未来に備えるために、経営者として新しい技術への柔軟性と革新精神を常に持ち続けましょう。

水野 敬志

ファストドクター株式会社 代表取締役

京都大学大学院農学研究科修了後、外資系戦略コンサルティングファーム、楽天株式会社(現 楽天グループ株式会社)にて経営戦略およびDXの経験を積む。2017年7月よりファストドクターの経営に参画、2018年6月代表取締役に就任。現在に至る。

※本記事は「病院経営羅針盤」10月15日発行号に掲載された内容を転載しております。記事の転載については、発行元である産労総合研究所 様からのご許可をいただいております。厚く御礼申し上げます。

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