ナレッジ・レポート

【学会発表】精神科の医師不足と地域偏在からみる初診待機問題とオンライン診療の果たすべき役割:第29回日本遠隔医療学会学術大会

#オンライン診療

 日本において精神疾患を抱える患者数は年々増加しており、他の主要疾患と比較してもその伸びは顕著です。全国的に課題となっている「医師の偏在・不足」は精神科領域でも深刻であり、初診までの待機期間が長期化し、必要な時期に適切な診療を受けられないという構造的な問題は長年にわたり続いています。

 当社は2022年12月より精神科領域でのオンライン診療支援を開始し、累計約17万件(発表当時)の診療データをもとに「精神科オンライン診療の効果・意義」を提携医療機関とともに検証しています。オンライン事業本部 本部長の長野 寛輝は、2025年10月24日に開催された 第29回日本遠隔医療学会学術大会 において「精神科の医師不足と地域偏在からみる初診待機問題とオンライン診療の果たすべき役割」と題した発表を行いました。本稿では、その発表内容をもとに、関連データや背景となる関連情報を交えて解説します。

<学会概要>

1.  「精神科の初診待機問題」の現状と背景

 全国で続く「精神科の初診待機問題」の背景として、当社は、外来患者数が急増する一方で精神科医等の供給が追いついていない現状があると捉えています。厚生労働省「患者調査」によれば、精神疾患を有する外来患者数は2002年の約223.9万人から2020年には約586.1万人へ、約18年間でおよそ2.6倍に増加しています。 一方で、精神科・心療内科に従事する医師数(診療所・病院勤務を含む)は増加傾向にあるものの、精神科医の数は2008年から2022年までの14年間で約1.2倍に増加するに留まっており(※1)、調査期間は異なるものの、患者数の増加ペースが医師数の伸びを大きく上回っていることがわかります。なお、両調査の起点が重なる2008年以降で見ても、外来患者数の増加率は医師数の増加率を大きく上回っており、精神科医1人あたりの診療負担が増加していることが推察されます。

 (患者数と医師数は調査体系が異なるため、取得スパンや調査開始年度が一致していません。前者は3年ごとの「患者調査」、後者は2年ごとの「医師・歯科医師・薬剤師統計」に基づいています。)

2.  精神科診療所の不足と地域偏在

 当社提携医療機関による精神科オンライン診療の利用者を見ると、主な利用層は20〜30代を中心とする活動的な世代です。こうした世代がオンラインを活用して精神科への初期アクセスを求める背景として、“比較的症状が軽い段階で受診の入口” となる診療所レベルの精神科医が不足・偏在していることが考えられます。

 診療所レベルでの精神科医不足を裏付ける一例を挙げます。2021年に日本精神神経学会誌「精神神経学雑誌」で発表された論文「わが国における精神科医の需給と二次医療圏間における偏在に係る研究―官庁統計による経時分析(2000~2018年)」によれば、日本全国の精神科・心療内科医師における診療所の勤務比率は約25.4%です(※2)。 ここから、精神病院には一定数の精神科医がいる一方で、診療所ベースの医師配置は非常に少ないことがわかります。 また、日本医師会総合政策研究所によれば、都市圏に精神科医・施設が集中し、地方・郊外では手薄という構造が継続していると報告されています(※3)。

3. 地域医療を補完するオンライン診療の実態

 こうした診療所レベルでの精神科医不足や地域偏在を背景に、当社と提携医療機関は、精神科オンライン診療は「地域に医療機関がない」「受診までの日数が長い」といった状況を埋める手段として利用されており、医療資源が偏在する地域の “空白” を補完する役割があるー という仮説をもとに、精神科医不足地域とオンライン診療利用率の関係性を分析しました。その結果、人口あたりの精神科、心療内科が少ない地域ほどオンライン診療の利用者が多いという逆相関関係を確認しました。

 具体的には、都道府県別の人口10万人あたりの「精神科オンライン」の利用者数を比較すると、医療資源の豊富な都市部の東京都よりも、千葉県・茨城県・滋賀県など、精神科、心療内科医数が相対的に少ない地域で利用率が高い傾向が見られています。これらの地域は都市近郊に位置しながらも、専門医が不足する市区町村を抱えており、オンライン診療が “届かない医療” を埋める手段として利用されていると考えられます。

→ 関連:【学会発表】精神科医不足地域におけるオンライン診療の潜在的役割 – 全国規模の分析と患者ニーズ考察:日本遠隔医療学会 Spring Conference

 さらに、市区町村別の分析でも同様の傾向が確認されました。たとえば、精神科医が少ない茨城県内の自治体(つくばみらい市、ひたちなか市、ふじみ野市など。人口10万人あたりの精神科医数がおおむね5人前後)では、オンライン診療の利用者数が相対的に多く、医師資源の偏在をオンライン診療が補完している構図が確認されました。こうした結果から、オンライン診療は同一県内における地域間格差の是正にも寄与し得ることが確認できます。

 こうした地域的な医療アクセスの実態は、患者の声にも表れています。当社が実施した利用者アンケートでは、精神科不足地域の患者の57.8%が「病院の予約が取れないため、オンライン診療を利用した」と回答しており、全国平均の50.7%を上回りました。つまり、精神科不足地域に住む方々の利用動機は、精神的な症状による外出困難や日中の勤務等による通院困難といったオンライン診療特有の利点よりも、対面診療へのアクセスが難しい中で、代替的な受診手段として選択されていることが調査から読み取れます。

4. 制度面から見た精神科オンライン診療の現在地

 こうした状況を背景に、オンライン診療は、地域に医療機関がない、あるいは受診までに時間を要するといった課題に対する一つの受診手段として精神科医療の初期アクセスを補完し、医療資源が偏在する地域の“空白”を埋める役割を担い始めています。

 こうした役割が期待できる一方で、精神科領域におけるオンライン診療は、制度上はいまだ発展途上の分野です。厚生労働省が2023年3月に開催した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」検討会では、精神科領域においても、一定の条件を満たす場合に初診からオンライン診療(情報通信機器を用いた精神療法)を行う方向性を示しました。その後、同年7月に改訂版指針が正式に公表され、精神科におけるオンライン診療のあり方が明文化されました。以降も、厚生労働省では2024年5月から「精神保健医療福祉の今後の施策推進に関する検討会」を開催し、オンライン診療の安全性・有効性の確保や、診療報酬上の評価など、制度設計に向けた検討が現在進行系で進められています。

 また、制度設計を検討するうえで、従来から指摘されている課題として診断書(特に休職証明書)発行のあり方をめぐる論点も存在します。これは対面診療・オンライン診療双方に共通する課題であり、休職そのものを目的化した受診と、短時間診察での即時発行をめぐり、その医学的妥当性や保健医療の信頼性が揺らぎうる点として指摘されています。 精神科の診断書は患者の就労・就学など社会生活に大きな影響を及ぼすことから、厚生労働省も「適切な情報収集・継続的な評価を伴う診療の実施」を求めており、医療現場でもその運用が問われています。

 オンライン診療に固有の論点ではないものの、アクセス性の高さゆえに、診断書発行を含む診療行為については、より慎重な運用と明確な判断基準が求められると言えます。

5. ファストドクターにおける休職診断書発行の運用

 前章からもわかる通り、精神科領域におけるオンライン診療は、医療アクセスを補完する役割が期待される一方で、診断書発行を含む診療の質や安全性をいかに担保するかという観点から、共通したガイドラインや指針に基づく適切な運用が求められています。当社では、診断書については診察結果に基づき医師が「発行が適切」と判断した場合に限り対応しており、オンライン初診時に休職診断書を発行する割合は通年で約3割程度にとどまっています。また、その9割以上は1か月未満の短期休職を対象としています。

 また、オンライン診療は対面診療と比べて対応できる範囲が限られるため、適用の判断が重要となります。当社では、厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に基づき、正式な診察に先立って「診療前相談」を実施しています。診療前相談では、医師が既往歴や服薬情報、症状経過をヒアリングし、オンラインでの診療が妥当かを判断します。この結果、重症が予見される場合や検査が必要と判断された場合には、対面受診を推奨し、必要に応じて医療機関の受け入れを調整します。

 このように、オンライン診療のアクセス性を活かしつつも、診断書発行を含む医療行為については慎重な判断を重ねることで、医療の倫理性と安全性の両立を重視した運用を行っています。

結語:オンライン診療の地域間格差是正に向けた社会的役割と展望

 ファストドクターと提携医療機関は、サービス開始以来、精神科オンラインを通じて多くの診療支援を行い、多くの患者に医療アクセスの機会を提供してきました。特に精神科領域では、地域格差に伴う受診機会の不均衡を和らげ、誰もが適切な医療にたどり着ける社会づくりに貢献しています。

 オンライン診療は、医師不足に直面する地域において既存の医療資源を守りながら医療体制を維持・強化する手段として、その有効性を示し始めています。こうした実態は、当社及び提携医療機関の精神科オンライン診療サービスの利用実態からも明らかであり、医師の偏在や医療資源の不足といった全国的な課題に対し、オンライン診療が現実的かつ持続可能な医療アクセスの拡張策となり得ることを示唆しています。

 当社は今後も、オンライン診療の適正な運用を通じて地域医療との連携を深め、誰もが公平に必要なときに必要な医療へつながる社会の実現に寄与するとともに、オンライン診療の信頼性向上に向けた取り組みを継続してまいります。

参考文献・脚注
※1 厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」より精神科医、心療内科医を集計 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/22/dl/R04_1gaikyo.pdf
※2 精神神経学雑誌「わが国における精神科医の需給と二次医療圏間における偏在に係る研究―官庁統計による経時分析(2000~2018年)」
https://journal.jspn.or.jp/Disp?style=ofull&vol=123&year=2021&mag=0&number=12&start=783
※3 日本医師会総合政策研究所「診療所の診療科特性について(その1) -診療所数、医師数、診療行為-」
https://www.jmari.med.or.jp/result/report/post-64/

長野 寛輝

オンライン事業本部 本部長

千葉大学工学部を卒業後、山田コンサルティンググループ株式会社に入社し、事業戦略/事業再生/業務改善プロジェクトを担当。2019年よりフューチャー株式会社に入社。戦略部門の立ち上げを行い、マネージャーとして、事業戦略、Ru0026D戦略、オペレーション改革などのプロジェクトを担当。同時にヘルスケア部門の立ち上げも兼任し、新規事業開発を担当。2022年にファストドクターへ入社、2025年からオンライン事業本部 本部長。

ファストドクター株式会社

日本最大級の医療支援プラットフォーム「ファストドクター」を運営するヘルステック企業。5,000名以上の医師が参加するこのプラットフォームは患者のほか、医療・介護施設、自治体、公的研究機関、製薬や保険業界など、医療業界の多岐にわたるステークホルダーの皆さまにご利用いただくことで、地域医療を強化する新たな医療インフラの構築を実現します。

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